先輩からのメッセージ

虎は死して皮を留め、医者は死して論文を残す

宮原孝治(平成16年 岡山大学卒)

「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」と故事にあるそうです。私が専修医の頃、香川県立中央病院の恩師に「医者は死して論文を残さんといかん」と勧められ、大学に帰ってきました。

自分の力だけで研究をしたり、論文を書いたりすることはできませんが、上級医の先生に教えて頂きながら、少しずつ論文執筆を進めていくのは本当に貴重な経験です。また、その過程で、論理的な考え方、論文の読み方、研究手法、統計解析、結果の見せ方、結果の解釈などを学べることは、大学に所属することの大きなメリットになると思います。

論文を残すことにどういった意味があるのか小生にはわかりませんし、偉そうなことがいえるほどの業績も残していません。しかしながら、PubMed検索で自分の名前がHitしたときには感動しましたし、他人が自分の論文を引用してくれるのをみると、ちょっとうれしい気持ちになります。

医師としての人生は長いもので、大半が実地臨床です。少しくらいこういった寄り道をするも良いものだと思います。是非、大学で一緒に勉強しましょう!

大学で学んでみて思うこと

堀口繁

堀口繁(平成14年 愛媛大学卒)

私の学年は臨床研修ローテーションが始まる前年の入局でした。最初の半年間、大学で消化器内科の研修をした後、三豊総合病院で3年、出雲市立医療センターで1年、岩国医療センターで1年半研修をした後に大学院入学を機に帰局致しました。
研修先の病院でそれなりに満足していた私は、帰局するにあたって①研修先で培った技術が衰えるのではないか、②研究三昧で臨床とはかけ離れてしまうのではないか、といった点が正直心配でした。

帰局後1年間は病棟医を務めました。消化管、肝臓、そして現在私が所属している胆膵の各グループを3-6か月間毎にローテーションしながら患者様の診療に当たりました。結果としてこの1年間は大変貴重な経験となりました。各グループの高い技術に裏打ちされた最先端の治療を間近で見ることができましたし、各疾患についての知識が非常に豊富で新しくかつ明快である点に大変驚きました。稀な疾患に関して県内はもとより四国からも患者様が頼って来られるので、若手にとっては勉強のし甲斐があります。
臨床で疑問に思ったことが、単に自分の勉強不足からくるものなのか、まだ世界でもわかっていないことなのかを調べるには教科書、論文を読まなければなりません。市中病院ではなかなかその時間がとれませんが大学では調べる時間は十分にあり、また指導してくださる教官も皆さん学会でよく知られた先生ばかりで、知識欲を十分に満たすことができます。

病棟医を終えた後は、臨床をしていて常に悔しい思いをしていた難治性癌である膵癌についての勉強をしたいと考え、先輩方に相談をしました。結局、白羽先生率いる基礎研究グループで膵癌の癌抑制遺伝子についての研究を3年間行いました。なにせ研究は初めてのことばかりですので最初は戸惑うことばかりでしたが、白羽先生はじめ先輩方に指導頂いて基礎的なものの見方、考え方を身につけることができたと感じています。疑問に思うことの質も変わり、また疑問を解決するための方法も多くを学びました。

まだまだ世の中には病気についてわかってないことだらけですよ、皆さん。大学はそんな天井知らずの知識欲を掻き立ててくれ、また満たしてもくれる場所です。もちろん学位論文も仕上げるまで指導して頂きましたので、論文を完成させる難しさ、面白さを学ぶことができました。

現在は胆膵グループに所属し日常臨床と学会発表、また膵癌の基礎実験の日々です。当科の胆膵グループは学会で高い評価を受けており、特にその技術たるや全国に引けをとりません。学べば学ぶほど指導者の言葉に重みを感じることができます。様々な技術を駆使して診断、治療を限りなく100%のものに近づけていっています。学会発表の指導に関しては主題演題を目標に日々研究を進めていっています。情報を受け取る側から発信する側に立ち、現在の難問に挑むことができます。基礎を学んだ視点から臨床を見てみると、チャレンジ精神をくすぐる臨床的問題が実は沢山あることに気づかされます。それを学会で有名な先生とdiscussionすることで人脈も増え、最先端の世界を見ることができます。

このように私が最初抱いた不安はいずれも杞憂となりました。大学で腰を据えて勉強することで、知識が広がり、人脈も増え、高い技術を得ることができます。医学を志すものであれば、自分の根底に、目の前の患者様を治せなかったことへの悲しみと悔しさがあると思います。それをどのような手段をもって解決していくか。大学にはあらゆる手段とスタッフが用意されています。

明日死ぬと思って生きなさい、永遠に生きるつもりで学びなさいという言葉があります。ほんの数年だけでもしっかり腰をおちつけて時間をかけて真剣に学ぶことで後の医者人生が大きく変わると思います。
是非、皆さんと一緒に大学で勉強できる日を楽しみにしています。

研修医・入局を考えられれている皆さんへ

神崎洋光

神崎洋光(平成15年 大阪医科大学卒)

平成15年卒 上部消化管グループ所属 神崎です。私たちが研修医の頃はちょうどみなさんと同様にローテーションを行い、3年目から入局をしました。

入局後にまずは地域の基幹病院での検査・処置ならびに消化器疾患の治療・管理についての研修を行います。私で言えば津山中央病院での研修後に広島市民病院、住友別子病院を経て大学病院へ戻りました。その後さらなる内視鏡治療や診断能力向上のため、関西のがんセンターに相当する大阪府立成人病センターへの2年6ヶ月の国内留学を行い、平成24年4月から大学勤務となっています。

内視鏡治療・診断は世界的にも日本がリードしている点もあり、大学や基幹病院では先進的な施設として広く国際学会での発表などを積極的に行っています。内視鏡治療はまだまだ歴史が浅く、これから世界的に広がっていく処置であり、日本の先進者は世界の先端として指導や治療に当たっているのが現状です。内視鏡にかかる質・量としてのニーズや価値は世界的にも上がる一方であり、もちろん日本の中でも正確な内視鏡検査・処置ができる人材が求められています。

当科では希望があればやりたいことをつきつめて行うことができます。また、関連病院も中四国に広くあるため、地域に根ざした医療を行いたい人にも適していると思います。やる気のある先生方と是非とも一緒に仕事ができたらと思います。

初期・後期研修医先生方、学生様方へ

松本和幸(平成16年 高知大学卒)

現在、第一内科では初期・後期研修を関連病院で行い、基礎的・専門的な知識・技術を身につけたのち、大学へ帰局し、次のステップ(大学でのよりハイレベルの臨床・研究・留学)へ進んでおります。この教育システムは非常に魅力的で、しっかりとした人材が育っていると思います。

また、山本教授をはじめ、大学・関連病院の先生方は、自分達がどのようにすれば、自分達の希望する方向に行けるかを、真剣に相談にのってくれます(情の深い先生方が多いです)。近年、医局離れが進んでいますが、これは決して良い事とは思いません。物事は最終的には自分で決定すると思いますが、先輩方の助言で、より良い方向に向かうことも多いと思います。僕自身は医局に属してとてもよかったと思いますし、第一内科は、自分が一人前になるまで最初はやさしく、後々は厳しく指導してくれる場所だと感じています。また、我々若手も、研修医の先生方と一緒に診療に当たることで、自分自身の成長につながると考えています。

研修医の先生方、これから先生になる方、ぜひぜひ、第一内科で一緒に成長し学んでいきましょう。

大学医局の捉え方

内田大輔(平成18年 岡山大学卒)

大学の医局というと、厳しい、閉鎖的、理不尽……などnegativeなイメージが先行する人もいるかもしれません。従来の、卒業後すぐに大学医局に属して研修を積んできた時代と違い、僕らの世代は卒業後、臨床研修病院での初期研修を経て、希望科を選択し、自らキャリアプランニングしていくことが可能となりました。大学医局の存在感は薄くなり、医局に属さずに研修病院を渡り歩き研鑽を積んでいる人も多数います。

冒頭で述べたように僕も大学医局というものには正直あまり良いイメージは持っていませんでした。初期研修、後期研修は岡山大学の関連病院である広島市民病院でお世話になりましたが、その後はいわゆる他県の有名研修病院での研修を視野に入れて病院見学にも出向いたりしていました。

では何故今、医局に属しているのかというと、一つは、尊敬できる上司に出会えたことが大きかったと思います。広島市民病院ではたくさんの価値ある経験をさせて頂き、メンターとなる先生達に出会うことができました。もう一つは、岡山大学第一内科という医局の雰囲気自体が、予想してたものと(良い意味で)違っており、自由度の高い環境で、自分の可能性を広げることができると感じました。医局員が多いのもあり、色々な先生と出会い刺激を受ける事ができ、市中病院ではできない経験をさせてもらっています。留学先も多数斡旋しており、希望者は皆、国内外色々な施設での研修を積むことが可能です。

入局したからといって、医局に縛られることもありません。山本教授もよく言われてますが「来る者は拒まず、去る者は追わず」の自由な雰囲気です。研修病院を渡り歩いている先生方、もし良ければ選択肢の中に岡山大学第一内科も入れてみてください。一緒に仕事できることを楽しみにしています。